富士学院 /OBドクターからのメッセージ

父が歯科医なので、人に喜ばれる仕事をしたいと思う環境が身近にありました。だから歯科医を目指していたのですが、より人のためになる仕事を、という思いが強くなり、最終的には外科医になることを決意して、富士学院に入学しました。 入学当時の偏差値は38。そのうえ歯科志望でしたので、化学と微分積分は全く勉強していませんでした。 医学部合格に対して実力が程遠いことは自分が一番よく分かっていました。だから勉強量だけは負けないようにと、朝9時から夜10時まで富士学院で勉強し、 分からない点は授業のその場で質問し、理解するようにしました。数学の問題は10ヶ月間にプリント1500枚。寮に戻って1時間位休んだら明け方4時5時 まで勉強。寝ないまま次の日を迎えたことも多くありました。とにかく、がむしゃらにがんばりましたね。 →続きを見る
父親が医者でしたので、内容がある仕事、人に感謝される仕事だと感じ、自分も目指しました。今は救急センターで救急外来の対応に追われ、忙しく過ごしていますが、元気になって良かったなと感じています。富士学院での一年は本当によく勉強しました。入学して驚いたのは、すごく一体感があったこと。大手の予備校では、周りの人間はみんな敵と言わんばかりのギスギスした雰囲気がだったので、いろいろと相談にも乗っていただき、大きな支えになりました。もし、一人で黙々と勉強していたら、焦りや不安が募って、とても合格は無理だっただろうと思うほどです。富士学院で過ごした、あの中身の濃い一年は、今でも自分の大きな自信になっています。医学部の面接でよく出される質問で、腕のいい医者、患者の気持ちがわかる医者、どちらになりたいかという意地悪なものがありますが、私はその両方を目指したい。そう思って今、日々仕事に励んでいます。私は富士学院で、自分が後悔することのないよう、恥じることがないようにと頑張りました。一年間だけでも「本当によく頑張った」と自分自身に胸をはれる、誇れる時間があれば、自信もつきますし、それがその後の人生にも生きてくると実感しています。みなさんも頑張って、そんな一年を過ごしてください。
富士学院生だった頃、勉強だけに集中できる環境だったので、追いこみ時にも先生方がすぐそばにいてくれて、質問や課題などに対応してくださったおかげで最後まで力を伸ばすことができました。寮の部屋には何も置かず、音楽さえも絶っていたので、前の公園でやったキャッチボールは良い気分転換になったと思います。今思えば、良きライバルの存在も頑張る力になっていましたね。久留米大学では、美術部に所属していました。部活では、団結力があり、上下関係につながりが持てたので、多くの先輩と知り合うことで、様々な科の先生を知ることができ、色々な相談ができました。アドバイスですが、5・6年の実習で、なるべく多くの患者さんを診た方がいいと思います。現在、耳鼻咽喉科におりますが、まだまだこれからの経験が大切で、初めて見る手術に接した時には、今でもやり甲斐を感じます。また、耳鼻咽喉科は喉・鼻・耳と分かれますが、将来自分は耳を専門に診ていきたいと思っています。医大を目指すのはきついこともあると思いますが、本当に医師になりたいという強い気持ちがあれば乗り越えられます。富士学院での頑張りは精神的にも体力的にも医学部での6年間に必ず役立ちます。
研修医2年目で、現在いろいろな科をローテーションしています。1、2ヵ月単位で科が変わりますので、周りのスタッフや患者さんの病状も変わり、対応していくのは結構大変です。現在は循環器内科で、主に心臓に病気を持った方々が入院している病棟を見ています。加えて週に一回の当直では、救急外来に研修医数名で詰めて対応しています。大学生の頃に比べて、いざ現場に出てみると、本では見たことのない治療法があったり、一つの治療を行うにも、いろんな方の助けがないとできなかったり、勉強より大変なことが多いというのが実感です。帰省時には福岡校へ寄り、学校前の中比恵公園を散歩していると、毎日勉強していたことなどを思い出し、初心に返っています。当時、自習時間が終わる夜の10時過ぎからその公園でやったサッカーもいい思い出です。そして普段、一生懸命頑張っているからこそ、たまにリフレッシュする楽しさとまた頑張れることを富士学院で教えてもらいました。それは、大学生の時も、想像した以上に精神的・体力的にも大変なドクターとなった現在でも、とても生かされています。また、自分がゼミ生だった時、実際のドクターの声を聞ける機会なんてなかったので、医大を目指す方や医大生、ドクターの方々が連携できるOB会はすごくいいことだと思います。